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この人に聞く IPv6

ベストエフォートでユーザーオリエンテッド、インターネットが新しい文化をつくる。(前編) 前編後編へ

慶應義塾大学環境情報学部教授 中村 修 氏

インフラとしてすっかり定着してきたインターネット。もうインターネットのない生活に逆戻りできないと思う人も多いのではないでしょうか。なぜ、これほど発展してきたのか。これから先、どう進んでいくのか。日本のインターネットの創成に関わり、その後も常にこの世界をリードしてきた慶應義塾大学・環境情報学部教授・中村修氏のお話を前編・後編2回に分けてお届けします。

慶應義塾大学環境情報学部教授 中村 修 氏

慶應義塾大学環境情報学部教授
中村 修 氏

2011年がターニングポイント。新しい世界への元年になる。

日本のインターネットはこうして始まった

 

今ではみんな当然のようにインターネットを使っていますが、日本のインターネットはどんな風に始まったのでしょうか?

中村氏

 始まりをどこにするかは難しい話ですが、私が最初にネットワークに関わったのが、慶応大学の理工学部キャンパスの3つの研究室をイーサネットでつなぐということでした。当時はまだ、組織と組織がつながるというよりは、一つのキャンパスの中のローカルなエリアのネットワーク、すなわちLANだったわけです。それが、キャンパスとキャンパス、慶応と東工大と東大の間を電話回線でつなぐということを経て、WIDEプロジェクト(お知らせ1)がIPプロトコルを使ってこの3つのキャンパス間をつないだのが1988年のこと。これがまあ、日本のインターネットの始まりといっていいかもしれません。その後、1994年に商用のインターネットサービスが開始され、この時サービスインしたインターネットサービスプロバイダー(ISP)3社と、先行していた学術系ネットワークが相互接続して、今日の発展に至るわけです。
 当時の状況としては、コンピュータの世界では1980年代前半からダウンサイジングといって、メインフレームからワークステーション、パーソナルコンピュータへとより安価に、そして機能別に分散して利用するという流れが加速していました。そこに、コンピュータとコンピュータをつなぐにはどうしたらいいか、つまりネットワークが入ってきて、今のような構造ができてくるんですね。
 1990年開校の慶応湘南藤沢キャンパスでは、最初から学生にラップトップパソコンを持たせて、自由にインターネットを使わせています。商用ISPの開始が94年ですから、当時としては相当最先端を行くキャンパスだったと思います。
慶応湘南藤沢キャンパス

インターネットがビジネスを変えた

 

インターネットの初期の頃と現在を比べて、何か思われるところはありますか?

中村氏

 私が始めた頃は、イーサネットもイエローケーブルといわれた太いケーブルでコンピュータ同士をつないでいたんですが、それが今やツイストペアという電話線のようなケーブルになり、PLC(お知らせ2)でパワーライン(電力線)を使って通信ができるようになり、無線でもつながるようになりと、ネットワークの技術はどんどん進歩しています。
 それから、ネットワークとネットワークをつなぐときに必要なネットマスク(お知らせ3)などは、今ではIPアドレスをつける時に皆さん当たり前のようにつけていますが、当時はわけがわからず、そんなもの無視してしまえということで、ネットマスクをサポートしていない時代があったんです。ところが、みんながインターネットを使うようになると、この機能は使えるから使おうということになってくる。そうすると、もうネットマスクに対応していないとつながらなくなり、対応してない製品は買われなくなってしまうんです。すなわち、トラディショナルな技術は、先に技術があって、製品がつくられ、ユーザーに使われるけれども、インターネットの技術はそうではなくて、先にユーザーに使われ、開発され、そしてマーケットが製品としてつくっていく。エンドユーザーの望む機能が、ユーザーと一緒になって開発されていくのです。すごくユーザーオリエンテッドで、技術がすごい速さで進むということなんですね。
 メーカーからすると、速く製品開発をしないといけないし、そのためにはどんどん先を見なければいけない。一番重要なのは、エンドユーザーが何を欲していて、それに対して技術は何をつくれるのかということです。これはもう、インターネットがビジネスを変えたといってもいいのではないでしょうか。今まで、エンドユーザーは与えられたものだけを使っていましたが、インターネットの世界ではエンドユーザーが主人公で、ユーザーがやりたいというものをメーカーがつくっていく。さらにメーカー1社だけでなく、各社がつくれるように標準化もしておきましょうというような全体の構造になっているんだと思います。

本当になくなってしまう? IPv4アドレス

 

IPv6もそうした流れの中にあるんでしょうか?

中村氏

 米国の企業などは数年前まで、「エンドユーザーは欲していない。だからIPv6はまだやらなくていいんだ」という言い方をよくしていましたよね。そういう意味では、IPv6は普通のインターネットのつくられ方と少しだけ違っていて、エンドユーザーの中の先の見える人たちが「このままだとまずい」という危機感を持って、開発・設計に入っていくわけです。そしてそれが標準になり、メーカーの一部が製品をつくってきたというような流れだろうと思います。
 そしてとうとう、IPv4アドレスがなくなることが現実味を帯びてきました。どういうことかというと、IANA(お知らせ4)などIPアドレスを管理する組織が、2010年から2011年にIPv4のアドレスに関してはもう割り当てしないと宣言することについての検討を始めたんです。あと5年弱というと、先は長いという見方もあるかもしれないし、もうすぐだという見方もあります。ただ、製品開発をするメーカーの人たちは、もうかなりの危機感を抱いているのではないでしょうか。

もうIPv6へ移行するしかない

 

IPv4アドレスがなくなると、どうなるんでしょうか?

中村氏

 もちろん、IPアドレスはなくなりませんよ。IPv4アドレスを新たに取得することができなくなるだけです。たとえば、ビルを建てて本社を移転したとします。新しくネットワークを引かなきゃいけないので、アドレスを申請します。でも、IPv4アドレスがもらえない。つまり、ネットワークがつくれなくなってしまうのです。というわけで、2011年にIPv4のアドレスが割り当てられなくなったら、もうIPv6へ移行するしかないのです。問題は、どのようにしてうまく移行していくかということですね。
 ネットワークに関しては、ISPはほとんどIPv6対応になってきています。ISPが対応しているということは、ルーターベンダー、スイッチベンダーもIPv6対応機器の準備ができているということですから、ネットワークサイドはほぼ問題ないという気がします。次に端末ですが、コンピュータで言えばMacOSがIPv6をサポートし、Windowsも今年出てきたVistaがIPv6対応になっているので、これもうまく移行できるのではないでしょうか。ですから、一般のユーザーは何も考えなくても、知らない間にIPv6を使っている状態になっていると思います。
 問題は、情報のソース、たとえばグーグル、ヤフーがいつIPv6でサービスを開始するのかということです。彼らはたぶん数千台のPCを使ってサービスしているので、これをどうIPv6化していくかが急務になってくるわけです。それと、企業の社内ネットワークも、マシンを一気に替えるわけにはいかないので大変です。まだほとんどIPv6対応になっていないので、これからやっていかなければいけません。
 2011年というのはちょうど、テレビのアナログ放送が廃止される年でもあり、この年が一つのターニングポイントになるのかもしれません。みんなで新しい世界への元年というように位置づけできれば、日本としては面白い方向へ行けるんじゃないかと思います。

お知らせ1  WIDEプロジェクト
慶応大学教授の村井純氏、中村修氏らが1986年に設立した、新しいコンピュータ環境の確立をめざす研究プロジェクト。1988年には日本で初めてIP接続によりインターネットに参加し、国内のインターネット利用の先駈けとして注目された。
お知らせ2  Power Line Communications
電力線を通信回線として利用する技術。電気コンセントに通信用のアダプタ(PLCモデム)をつないでパソコンなどを接続することにより、数Mbps〜数百Mbpsのデータ通信が可能となる。パナソニックのPLCアダプターは、こちら。
お知らせ3  ネットマスク
インターネットのような巨大なネットワークは、複数の小さなネットワークに分割されて管理される。ネットワーク内の住所にあたるIPアドレスのうち、何ビットをネットワーク識別のためのネットワークアドレスに使用するかを定義する数値のこと。ネットワークアドレス以外の部分が、ネットワーク内の個々のコンピュータを識別するホストアドレスになる。
お知らせ4  Internet Assigned Number Authority
インターネット上で利用されるアドレス資源(IPアドレス、ドメイン名、プロトコル番号など)の標準化や割り当てを行なう組織。
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