TVドラマ「火曜サスペンス劇場『椿晴子』」


 2004年秋、本テレビ系列で放映された「火曜サスペンス劇場『旅行添乗員 椿晴子~ごもっともでございます』」は、全編VARICAMで撮影された。
日本テレビでは、HDによる番組制作を進めており、同ドラマシリーズでもこれまでに何度かHDで制作されたが、VARICAMが活用されたのは今回が初めて。F-Rec/30pモードで撮影された。編集、MA作業を含め技術協力は映広が担当、アビッドのノンリニア編集システム、DS Nitrisを使い、HD完パケを仕上げた。
日本テレビのプロデューサー、前田伸一郎氏、同局ディレクターの雨宮望氏に話を聞いた。

○本格的なHD制作に向けノウハウを構築
 前田氏:日本テレビでは、ドラマをHDで撮っていこうという方針で取り組んでいます。昨年、地上デジタル放送も始まり、いずれすべての番組でHD化が進んでいくでしょうが、その前段階として、HDに適しているものと適さないものを見極めた上で、HDになるとどのような特徴が現れるのか、ノウハウを固めています。例えば、HDは16:9という画角ですが、現状のサイマル放送では、4:3なり中間サイズで観ている人のほうが多い。そうした視聴者に向けたカット割りなど、制作上把握しておくべき問題も多々あります。
そのような経緯があって、雨宮ディレクターともこれまでに何本かHDでドラマを作ってきました。今回、技術サイドから、今までと違った質感ということから、VARICAMの提案がありました。デモ映像である程度の感触をつかみ、またポストプロダクション工程での編集、加工もさることながら、仕上げを見据えた撮影ができるという判断もあって、VARICAMを採用しました。
特にこの『椿晴子』は今後シリーズ化を狙う第1作目に当たる作品ですし、雨宮ディレクターはじめスタッフ、キャスト陣含め、いろいろチャレンジフルな撮影に協力してもらえる体制だったということも大きかった。

○ドラマ特有の見えそうで見えない質感
 雨宮氏:VARICAMは良い質感を持ってますよね。今、技術的な研究が進んで、ビデオはどんどんクリアに見えるようになってきた。けれど、僕らが作るドラマというのは、見せたくないところもあるわけです。見えそうで見えない、何かを隠すことによって、見せたいと思わせるというか。暗部なり、質感で勝負したい、と。特にHDは綺麗に見えすぎるところもあるものだから、F-Rec/30pを使うことで、ある種の質感、そして今までの「火サス」とは違った映像を狙いました。映像的には非常に満足してますね。面白いな、と。
前田氏:VARICAMの映像を見て、最初に感じたのは映画的だな、ということ。通常、僕らは当然プロとしての見方で映像を判断しますが、これは一般の視聴者から見ても映像的な違いが分かるものだと思いました。もともと「火サス」はフィルム枠で、VTRがここまで普及するまでは16mmフィルムとVTRが混在していました。今、日本のドラマはVTRがほとんどですが、アメリカのテレビ映画は、今でもフィルムが使われていますよね。なぜ、VTRではなくフィルムにこだわるのか、という素朴な疑問があったのですが、そこに今回、僕がVARICAMに惹かれた、理屈では言えない人間が望む質感があるのではないか、と感じました。それは、高級感とでも言えばいいのでしょうか。
雨宮氏:そうだね。フィルムの良さはしっかり出ていると思います。特に今回は少し濡れた感じ、しっとりとした感じがほしかった。通常のビデオではどうしても生っぽくなりすぎてしまうところ、VARICAMは品のある映像で、観ている人の皮膚に染みてくるという感じ。それと夜の描写も良かった。夜、雨が降ったんだけれど、本当に綺麗でした。ほとんど光量のない状況でしたが、感度が良いということなんだろうね。
前田氏:夜も綺麗だし、きらめく夕景も。またバスの中からの車窓の風景であったり、人間ドラマとそうした風景描写の非常にメリハリのある映像が印象的でした。個人的には犯人やトリックを解き明かしたり、おどろおどろしい映像を含めて、「火サス」のようなミステリーに向いているのかな、と思いました。

○カメラは主観、ステキな存在
雨宮氏:僕は、カメラというのは自分の主観だと思っています。シナリオから読み取ったイメージなり、現場から感じる印象なり、役者のたたずまいなど、そういった作品に対する自分の目線というのを投影するものというか、ようは自分を表すものだ、と。
だから、僕の中でカメラは絶えずステキな存在ですよ。技術の変化によってどんどん新しくなるものに対して、「今までと違うから」「馴染みがないから」などと、使う前から良い悪いの判断はしません。まず実際にどのようなものなのか触ってみたい。
前田氏:そう思います。それを僕なりに補足させてもらうと、カメラは使う人によって変わるということ。カメラは道具であって、カメラ自体だけでは何も映さない。そこに人の目が入ることによって、無限のものを切り取ることができるというか。カメラは一緒でも、扱う監督、カメラマンが変われば、それは全く違う映像をとらえるのだと思います。
雨宮氏:そういった意味では、作品の内容次第ですが、VARICAMはこれからもぜひ使っていきたいカメラの一つですね。非常にドラマを紡ぎ出す映像に向いていると思うし、具体的には2回に1回は使ってみたいな、と。

○ジャンルを超えたクロスオーバーへの期待
 前田氏:ドラマは再放送、あるいはビデオパッケージなど2次利用、3次利用が可能なコンテンツの一つです。そのために、VARICAM
などで撮影し、クオリティの高いHDで原版を残しておくことは、非常に有効かつ価値のあることだと思います。さらに希望を言えば、ドラマ、映画といったジャンルがクロスオーバーしていくことも期待しています。近い将来、映画館へのデータ転送などで劇場上映するといったシステムの整備も進展していくでしょうし、本来テレビドラマとして作った作品が視聴者の支持を得て、劇場公開につながる可能性も考えられますよね。そのためにもVARICAMを含めたHDによる制作手法のノウハウが重要になってきます。
今や映像が綺麗に映るのは大前提。問題は何が撮れているかということ。今まで以上に、より中身の勝負になってくる。ですから、ディレクターをはじめ、実際に制作に携わるスタッフたちが経験を重ねられるような制作環境を作っていきたいと考えているところです。